2013/4/8 1月2月3月の記録

 スタッフブログ、一ヶ月くらい前から「そろそろ更新しようぜ〜」と自分たちで言い合いながらも…、という感じで大変ご無沙汰していました。俺は新年の初心表明的な日記から2回目…。ひとまずリハビリがてら、年があけてからの3ヶ月強を振り返ってみる。

 

 1月末は、シネマ5さんでの公開にあわせて、渋川清彦さんらと大分へ。田井さんと2度食事をご一緒できる機会に恵まれた。また、公開前夜にはBoogieさんにてイベントを開いてくださり、KEEさんの友人であるDJチーム(KADOさんISAさんYOUJIさんあざした!)もきてくださって色々と面倒をみてくださった。また旨いラーメンといいお湯を求めに尾関くんの第二の地元・別府まで足を伸ばしたり、WEEDSさん(永野さんご夫妻ならびに皆さんほんとお世話になりました!)で城内さんがめちゃ渋いハットをいきおいで買ったり…と、いろいろありましたが、ようするにこんなことまでありました、ということでまとめさせてください→ http://weedsco.exblog.jp/18425414 

 

 大分ツアーによって、11月10日から渋谷で始まって名古屋経由の大分という『Playback』の第1レース目が終了。2月は、第2レース目への仕込み、というかんじで松井さん岩井さんがとても忙しかったはずだが、俺はカレンダーをみなおす限り…

 

 2月1日に渡辺真起子さんの舞台をみて、翌日に水戸BUBBLEにPUNPEEくんゲストのイベントがあり、雅彦と一緒に深夜乗り込んだものの、着いて30分でテキーラやらなんやらの歓迎に撃沈して気付いたら朝の上野駅にいた、という記憶があるようなないような出来事があり、中旬には友達のダンスPVを撮影しに雪山に行き(これはUPされたらお知らせします)、ほかにちょいちょい細かい仕事をしていた。

 また、2月4日にcieaste3.0で富田克也監督と、2月24日に『ひかりのおと』山崎樹一郎監督と、そして2月28日には青山ブックセンターで鈴木了二さんと、という機会に恵まれた。鈴木先生とのトーク採録はぜひ時間をみつけて頂いて、まともに読んで頂きたい内容になっていると思う。あまりにも愉しく、あまりにも刺激的な時間で、自分でも今後読み返すに違いない。

 2月に観た映画では『奪命金』(ジョニー・トー)がもっとも面白かった。主人公の一人の男の挙動が、年末名古屋からの帰りの車でわいわいと話したとあるストーリーとかなり似ていたこと、また主人公の一人の女が働くあの小さな部屋の壁が、もうこれしかないでしょうというような見事な真っ赤だったこと、などが思い出される。

 

 3月はついに第2レース「『Playback』の春2013」が始まったのと、ちょっと時間のかかる仕事がいくつかあり、急な出来事もあり、あっという間に時間が過ぎた。

 3月6日から大阪入りし2日かけてメディア取材をして頂いた。東京公開前の取材を思い返すと、単に慣れとは違う意味で、自分にとっても『Playback』が少しずつ、明らかに形を変えてきているのがわかる。また、ちょうど濱口竜介監督とはちあわせて、ひさしぶりにゆっくり話せたのがよかったし、佐藤央監督の家に一泊してひさしぶりにゆっくり話せたのもよかった。数年前、3人で大阪のカラオケにいったときのことを思い出す。

 3月9日に尾関君の車で広島入りして横川シネマさんで初日舞台挨拶と村上淳さんオールナイト。溝口さんと西島さんにお会いできたことがなにより嬉しかった。あとせめて一日滞在してもうすこしいろいろお話したかった。というか、溝口さんの仕事ぶりをみていたかった(さらに数日滞在できれば平波組にもまたお邪魔できたのだけれど)。オールナイトでは、ムラジュンさんが言った通り「星座みたいに点と点をつなげる」ということが予想以上に実感でき、くらくらした。ある俳優の数十年のキャリアから数本取り出して並べてみると、その時々の時代の背景が当時とは違う形で客観視できて、なんともまあスリリングだ。しかし、たとえばオーディトリウム千浦さんのように毎月古今東西の映画を映写している方ならば、この星座体験、もうハンパないんだろうな。あれもこれもつながっちゃう、みたいな。もはや星座などというオトナしいものではなく、もっとこう、惑星同士がぶつかりあっているのだろうか…。

 広島から帰る途中、岡山で阿久津くんのお店にはじめて寄れたのもよかった。岡山で上映できる機会があるかはわからないが、もしそのときは必ずや、阿久津くんとお店でなにか企てたいと思う。

 3月23日から高崎映画祭に出席するため二泊。ただただ素晴らしい時間を経験させてもらったと思うし、志尾さん小林さんらスタッフのみなさんの仕事ぶりにだいぶパワーをもらった。映画祭スタッフって、それだけでカッコイイ!と思うっす…。にしても、公式プログラムにも書いたように、この重みはもっと数年たったあとにガツンとくるのだろうと思う(というか『Playback』にまつわるあらゆる出来事すべて、ほんとに数年後、数十年後になってはじめて、いろんな意味でガツンとくるのだろう)。それはさておき、伊香保温泉にも行けたし、愉しい物語も思いついたし、ここ5年探し続けていた色のキャップも…ああ楽しかった!あとムラジュンさん渋川さんが授賞式にきてくれた、ということに、なんか変な言い方もしれないが、そういう大人の振る舞いにやっぱり憧れるもんで、自分もいつか、なんか機会あればそういうことを必ずしよう、と思った。

 3月28日は、いつも遊んでもらっているエレちゃんがフランスに帰る直前ということで小さな集まりを開こうとしたつもりがなんだかんだ20人近く集まって、だいぶ遊んだ。

 3月30日から七藝さんでの公開にあわせて二度目の大阪。渋川さん三浦さんとの舞台挨拶もでき、これまた貴重な機会だったはず。その晩にも話したが、現場とは違うこういう時間をいろいろ過ごしたあとにまた再び現場を一緒にやることを想像すると、楽しみでもあり恐くもあるが、『Playback』とはまた明らかにちがう、まったく別の仕事をできることは間違いないわけで。はやく次の映画が撮りたいな、と俳優さんたちに会うと必ず思う。4月1日にはDOOM!主催のシネクラブにも参加させてもらった。はじめましての人と一緒に映画についてリラックスして喋る…最高でしょう、というかんじで。

 

 3月中には、親類以外のお通夜という場にはじめて行くことになってしまった。この急な出来事のあいだに考えたこと感じたことは、関係している友人たち、というかつまりnobodyの人間たちには可能な範囲で直接伝えているのでここでは詳しくは書かないけれどほんの少しだけ……

 親類以外と書いたけれど、nobodyの彼らのいつものいざこざは兄弟喧嘩のそれとほとんど同じである、ということをはじめて、つまり梅本洋一さんが亡くなって今更、痛烈に感じた。兄弟という言葉は決してかれらを美化するものでなく、むしろこれからが大変だ、というように思う。だって普通の喧嘩と兄弟喧嘩は違うから。そして普通の共同作業と兄弟たちの作業もまったく違うはず。なにを勝手なことを外野から、というような気もするけれど、いや、自分にしたってもはや同じ団地の子という感じ、とけっこうまじめに思っている。とにかく、まだまだこれからっすね。

 

 年があけてからあっという間に年度末も過ぎ、はや4月8日。2013年上半期、これから吉祥寺&神戸、京都、札幌、福岡…と続く。今後はその都度その直後、リアルタイムで記録していければと思いつつ。あとは、上半期に最低でも一本、とても短いモノですがつくる予定があるので、最近かなりまじめに考えています。

 また週一くらいで、マイペースで更新しやす。

 

 昨日深夜にVISIONで久しぶりにB.I.G. JOEさんのライブみた。朝まで、音が止まるまでクラブにいたのはかなり久しぶりだったけれど、ほぼ素面でいろいろ歩きまわっているうちに、はじめて「ここじゃーん」というカメラポジションを発見した。ピース。

 

 三宅