2013/1/13 東京でのロングラン上映もあと5回!~三宅唱監督本人が『Playback』を激賞するの巻~

 昨日、三宅監督から電話があって、何かと思ったら『Playback』を劇場で観直して、すげーよかった感動したって連絡だったんだけれど…それは監督だから激賞して当たり前なんですが…そうではなくって、フィルムの状態が、プリントしたばかりの時に観ていたので、オーディトリウムで10週間以上の上映をしてフィルムの状態が変わっていたのも一因としてあったようでした。
 それは一般的に摩耗、悪い言い方で言えば劣化していくものなんだけど、これを一概にだめとは言い切れないのがモノたる所以だろうと電話を切った後に思ったりしました。
 おそらくなんだけど、監督がそのフィルムを観た時に、何度となく上映してきたフィルムが与える変化が、自分の手から離れた一つの映画として切り離されて観れたというのが大きいのではないだろうか。と、書いてみてもこればかりは、映画が人の感情に何かを与える、その何かについては、いくら分析したってわかりっこないんですが。
 ただ、こういうことを考えると、フィルム上映がデジタル上映と違うのは、一つのモノが産まれて、そして天寿を全うするまで回転を続けるその営みであり、一度一度が技師さんの手によって上映されている、そのライブが一つの映画の上映といえることができるのかもしれない。
 勿論、音楽のライブ行かなくったって、CDで聴けばよいというように、映画館行かなくったってDVDで観ればよいという考え方もあるんですけどね。
 でも何かその場所に立ち会う、というのは作品の相対価値以上に記憶の中に大きく残っていくものだと思います。
 そこでしか感じれない何か、みたいなものが、絶対あるし、だから電話やメールがいくら発達しても人が人に会うという行為はおそらく消えないのだろうと思う。それは根源的に人が「淋しい」からであり、その感情だけは人間の中には永遠に残るもののように思う。
 そして、それは悪いことでないし、映画館の椅子に身を沈めて、その感情に自分が出会う時に、ある心地よさと厳しさを感じるのは僕だけなのでしょうか。
そんなこんなで、長らく続けてきた東京上映も18日まで後5回となりました(16日だけ休映なのでお間違えなく!)。
 今後の東京での上映は決まっていません。それこそフィルムなので、他の地域で上映しているときには上映できないので、今度やるのはずいぶん先になると思われます。
またその時にはフィルムの状態も変わっているでしょう。
 だから、今観たいと思った時にぜひ観に来ていただければと思います。
 僕も18日までにもう一度観に行かなきゃ!では劇場でお待ちしております。
岩井