2012/12/16 新宿タワレコに行った件

 久しぶりのブログです。
 
 時事ネタとしては今日は選挙だったのですが、それにはあえて触れずにおきます。さて、みなさんは少し前、新宿のタワーレコードが改装されたのはご存知でしょうか。具体的にどんな風に変わったかと言うと、K-POPとアイドルコーナーが拡大され1フロアを占めるに到り、ROCK、HIP-HOP、JAZZ、TECHNO、民族音楽が1フロアに押し込められるような形になったのですね(最初はそこにAvan、Electronicaもあったのですが、さすがにという感じで上階のClassicに移動しました)。歴史的に言えば、圧倒的に厚みがあるジャンルたちが身を縮めるように居る姿に、そしてそれが新宿タワレコでなされていることに、店舗で音楽を買うという行為の終焉をみた思いがしたのですが、それは一言で言うと歴史の忘却とも言える。勿論、インターネットでは買うことができる音源は沢山あるのですが、それは検索しないとでてこないアーカイブなのでにわかには表に出てこない。一体彼らの音楽はどこにいったんだろうと、ふと店舗で立ち竦んでしまいました。
 
 それでも驚いたのは、久し振りに行ったからというのもあるのですが、大御所たちが新作を次々に発表していることです。少し前だとボブ・ディラン、ビーチ・ボーイズ、それから灰野敬二率いる不失者も矢継ぎ早に2枚CDを出した。非常階段も元気だし、なんとビル・フェイも新譜がでている!ブライアン・イーノがアンビエント回帰作を、スコット・ウォーカーも6年振りの新譜が、あとストーンズ、ニール・ヤングもまた元気な感じのがでていました。
 
 それらを試聴するとどれもが中々悪くないのです。というか、むしろ良い。何か確かにその人たちの音楽がある、という感じです。ほとんど時代とか、世間の評価とかは既に関係ない境地にいる人たちの音楽。老境を迎え、ただ自分の為に奏でられているような、根本が見える気がするのです。
 
 勿論、それらが目立ってみえるのは、圧倒的に数が少なくなった店舗で、セールス的に堅いから置きやすいというのはあるでしょう。ただ、それにしても少し老人が元気すぎやしないか!?と感じずにはいられませんでした。
 そこで、PostRock、AvanRockとか、少し前までは主流だった棚に行ってみると確かに新譜は色々出てはいます。僕はもうあまり詳しくないので、ほとんど知らないのですがポップをみると「トム・ヨークも絶賛する才能(10年前からコレありますが…)」とか「ダブ・ステップの現在形!」とか色々あるんですね。その中で試しに「マイブラ×メルツバウ×○○×○○(忘れた…)」みたいのを聞いてみました。
 
 おー確かにそんな感じなのです。音もデジタルでクリアなので、レイヤーがすごく緻密に重なっていて、物凄い轟音なんだけど、裏で奇麗な旋律が流れている。確かに!とは思うのですが、どうもそれが何か統合された音楽という気がしない。すごく整理されているというか、例えば、初めて「Loveless」を聞いた時の、音塊の渦のど真中にいるような衝撃はそこにはない。
 
 これは聞いている僕が、もう色んなことに驚かなくなっているというのもあるかもしれませんが、今こそ「新しい」と「古い」の境目が無いことは近年珍しい気がするのです。というか「新しい」ものを求めた挙句「古く」なるということはよくあることなんですが、もう新しいから、革新的だから、良いっていう時代じゃないよねって、なんかこれらを見回りながら思ったのです。
 
 もうこれなら、昔の名盤やリイシューを買い求めて生きていくこともできるのだろうし、映画で言えば、過去の名作を見続ければ、それだけであっという間に人生を楽しく過ごすこともできるだろうとも思います。
 とは言っても、現在生きている人は勿論いて、音楽も、そして映画も新しいものはどんどん作られています。作りやすさで言えば、昔よりずっとすぐに形にし易い時代になって、作られる量自体は増えているのだと思います。
それ自体は勿論、良いことだと僕は思います。ただ、それが単に「新しい」だけなく、かと言って今までの歴史を忘却するわけでもなく、「古い」ものに執着するわけでもなく、今「生まれつつあるもの」を作るのは、意外に本当に難しいことなのかもしれません。
 
 そして『Playback』は、その難しさに正面から挑んだ作品ではないか、「新しい」とか「古い」とかの価値に当て嵌まらない稀有な作品だ、というのは少し言いすぎな気もしますが、それは確かに一つあると思うのです。
 
 まあ、今日の選挙結果で色々と思うことが実はあったのと、タワレコに行った話から、強引に繋げてみた感じもしなくもないですが(書きたいことを書いてしまってスイマセン…)。

岩井