2012/11/13 Playback Pressについて

 現在「Playback」公開中に配っている<Playback Press vol.00>について少し書きます。

 これは映画を観てくれたお客様に、無料で配布して読んで頂いています。

 だから、宣伝とか集客効果として意味はあまりなく、無料だから特に儲かるわけでもない。

 

 では、こんなことをなぜやり始めたかというと(言い出したのは僕なのですが…)、この映画は、内側に加わって初めて知ったことだったのですが、ある商業映画と呼ばれる枠でもなく、かと言って自主映画のように身近な仲間を集めて撮ったわけでもない、非常にユニークな作られ方をしています。Playbackチームに参加して、彼らの言葉の端々に聞くうちに、それをなんとなく面白く感じていて、自分としても、その辺りの話を詳しく聞いてみたいというのがありました。そして、同じように映画を観た方にも面白く読んでもらえるのではないかと思ったのがきっかけです。

 

 具体的なことは、実際に記事を読んで頂ければと思いますが、それを知るにはまず、三宅監督と松井プロデューサーで2人で話をしてもらうのが早いと感じました。大体において、まずこの2人の関係がよく分からなかった。ただの友達のようでもあるし、監督とプロデューサーに見える時もある。三宅さんがチラシ代がなくて悲しそうな顔をしていると、松井さんがとりあえず俺出すよと言ってくれる…よく分からないけど、とにかくこの2人は同じくらいこの映画のことを好きで好きで堪らないのだな、ということだけは分かりました。

 

 初めて2人に会った時は、まだ「Playback」を作る前の、Nobodyのアップリンクでのイベントで、僕はアップリンクの現場担当で、Nobodyのイベント担当が松井さんでした。その時に「やくたたず」を上映することになり、三宅監督を連れてきたのですが、その時は2人共、坊主頭でした。そして、ずい分経ってPlaybackチームとして出会った時には、三宅監督は坊主のままで、松井さんは髪を伸ばしていました(今の状態はPressの写真をご覧下さい)。

 

 今考えるとその間に、常に一緒にいる状態で、2人共坊主って気持ち悪いからお前伸ばせよ、みたいなやりとりがあったんじゃないかと思います。で、三宅「俺が髪伸ばすなんてありえねー、ありえねー!」と愚図って、松井「分かった、分かった。俺が伸ばすよ」みたいな邂逅がきっとあったんだろう、と…まあ、これは僕の想像で実際は違うかもしれないし、違うにせよ、別にそんなこと知りたくもないので聞かないのですが、何かPlaybackチームとして、暫く同じ舟に乗り出す決意を固めたのと、それは関係しているのではないかと邪見してしまうのです。まあ、これは本当にどうでもいい話ですが。

 

 話は逸れましたが、映画の作られ方って一つでないよねってことで、既存のやり方で撮れなければ、違うやり方を考える。で、それはルールがあるわけではなくって、その時の出会いやタイミングによっていくらでも変わりうる。でもその時に何か、ある選択をして、それを信じて進むということ。

 

 それはシステムを構築していく全体主義的な方法論とは、真逆のやり方というか、今この場でできることをするという当たり前のことなんじゃないかと。

 

 だからみんな好きにやりゃーいんじゃないかと思うわけです。

 

 デモのように不特定多数の人数で集まって、輪になるのも大事かもしれないが、ある身近な人間と何かを始めることをまずは初めてみたらいいんじゃないか。勿論、そこには欠点もあるかもしれませんが、そこでしか為し得ない確かさのようなものもきっとあると思うんです。そして、その確かさこそが、全体として実質ある実りを産む始まりだと思っています。

 

 ただ「Playback」にそんなあれやこれやが映っているのか、いないのか分かりません。影響があるのかどうかもわからん。映画はそんな事情とは関係なく一本の作品として現在、日々上映されている。

 

 そして、それこそが正にいいなーと思うのです。

 

岩井