2012/10/20

 夕刻よりオーディトリウム階下のカフェ・テオにて恒例の打ち合わせ。三宅監督、松井さん、宣伝も手伝ってくれているラインPの城内さんと。入り口付近では、それと別に制作部の山科君がストイックにチラシを撒いている。テオの正面には、『Playback』のポスターも貼ってあり、いつの間にか一階付近を『Playback』が勝手に占拠しているかのよう。。。
 打ち合わせは、公開20日後となった現在にできることのあれこれ。
 宣伝活動は、どこまでやればよいというものでもないし、逆にすべてができるというわけでもない。その意味で、果てしない気分に誰もがなっていて、灰皿の吸殻だけが増えていく気すらする。いや、だからこそ何かしてやろうとも思ってもいて、その意味で、映画というのは最後の最後まで持久戦だ。地味なあれこれがすべてと言ってもよい。映画を作るところから公開をすることまで、その細かい段取りのすべてが映画だということを世のどれだけの人が知っているのだろうな。
 その意味でこの映画には、三宅監督、松井Pは、2年間の時間のほとんどをこれに費やしている。いつも喧嘩ばかりしている二人だが、その時間は相当に貴重なものに違いなく、いつかその辺りをじっくり聞いてみたいものだと思う。
 その後、新宿で所用を済ませ、バルト9で『アウトレイジ ビヨンド』を遅ればせながら観る。前作が役者の映画だとすれば、今回はシナリオの映画だ。展開に継ぐ展開を常に意識しているという意味で、前作よりアクションは少ないが、むしろ近年のハリウッド的にシナリオが練られており、娯楽として優れてはいる。ただ、続編だからなのだろうか。ヤクザ役の俳優の演技が(特に前作に出演していない俳優の演技が)前作の世界観のそれをなぞっている気がしたのだった。初めて出てくるのに、何故か既視感を持ってしまうのは、作品にとって少し不幸なことのように思う。
 しかし、小日向文世演じる警官や、加瀬亮演じる石原などをみるにつけ、男が果たしてなんのために生きているのかわからなくなり、それに気づいている大友も、結局どうしてよいのかわからず抗争に参加してしまうのは、自分を省みても胸に迫る。全体が小日向が作ったルールに乗せられて、各々の欲望の原理によって稼動してしまう抗争に、あのラストで決着をつけるというのは小気味がよく納得できる。ただそこからの大友の行く末はもう決まっているだろうし、それを見届けに多分、次作も映画館に行くのだろうと思いますが。。。
岩井